戸田会長指導

昭和3年に牧口常三郎とともに日蓮正宗に入信。
当初は、牧口の跡に着いて弘教に歩いていた程度であり、戸田の役目は、創価教区学会の運営資金面を支えることであった。
戸田は、牧口と同時に、不敬罪で逮捕されるが、出所後、一早く日蓮正宗の僧侶・堀米泰栄御尊師を訪ね、これまでの無礼を謝罪、今後のことはお任せしたいと願い出た。

「申し訳ありませんでした。2年間、牢で勉強して、自分の間違っていたことがわかりました」といって平身低頭、深くお詫び申し上げ、さらに「これからは何もかも、お任せいたしますので、よろしく頼みます」(戸田城聖S20.7.5=出獄の2日後/法照寺・石井栄純尊師が日淳上人夫人より伺った事実/『慧妙』H13.9.1)


戸田会長指導

「されば本尊中の本尊たる一閻浮提総与の本尊に向かって南無妙法蓮華経と唱題することによって末法の一切衆生は救われるのである。此の一閻浮提総与の本尊は弘安二年十月十二日の御出現であって此の本尊を拝むことこれ以外に末法の衆生は幸福になり様はないのである。」折伏教典

「御本尊は人法一箇でありますが、御本尊を法本尊とし、大聖人以来の血脈付法、代々の猊下は人本尊と拝します。ですから、現在は法本尊を中心にして人本尊を拝んでいます」戸田城聖全集第4巻

「法主を宗祖大聖人としておつかえ申上げる、 どなたが法主様でも一貫不変、 これ信者の大精神。信薄き者には判らん事」昭和31年1月29日付聖教新聞・寸鉄欄

「末法の現在においては、絶対に戒壇の大御本尊様こそ、われわれが即身成仏できる生身の御本仏様であらせられるのです。また、われわれがいただいている御本尊様も、文底事の一念三千、真の草木成仏の理によって開眼された、これまた生身の御本仏様であります。この御本尊様こそ、真の木絵二像開眼の御姿でなくてなんでありましょうか。これは日蓮正宗以外の邪宗では絶対になしえないところであり、ただ日蓮正宗のみのもつ深秘の法門であります。邪宗がいくら日蓮正宗の御本尊をマネて作ってみたところが、それこそ馬の骨なのであります。否、恐ろしい毒薬の働きをもつのであります 」昭和31年7月 『大白蓮華』

「御法主猊下だけが、御本尊をしたためることのできる仏様なのです」『戸田城聖先生質問会集』

聖教新聞にデマ記事?

学会婦人部からの報告で、ある県に住む学会員の折伏体験が、聖教新聞に掲載されたのだが、本人に確認してみたところ、10何人折伏したという記事は違う、自分はやっていないと確認したという。

体験発表に色をつけるのは昔からのことだが、ここまで学会本部はやるようになったのであろうか?