北条会長指導

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僧俗和合について
 私は、二十一世紀への創価学会の新たなる船出にあたり、これまでの日蓮正宗と創価学会の関係について振り返りながら、今後の新しい基調について申し上げます。
 創価学会は、昭和二十七年、宗教法人として出発いたしました。御宗門からは、その設立にさいし 
① 折伏した人は信徒として各寺院に所属させること ② 当山の教義を守ること ③ 仏法僧の三宝を守ること、
の三原則を遵守(じゅんしゅ)するよう、お話があり、以来、創価学会は、この三原則をふまえて、御宗門の外護をつとめ、広宣流布への歩みを始めたのであります。
 (中略)正本堂建立以降、今日まで、こういう意識のもとで、創価学会の運営は進められてまいりました。
しかし、今にして思えば、そうした数年間の流れのなかに、学会の独自性と社会的存在基盤を追求するあまり、創価学会の前提たる日蓮正宗の信徒団体としての基本及び伝統法義についての意識が、会内において、しだいに希薄化していたことも否めません。
 そのことについて、すでに宗門からは、指摘の声が出ていたのでありますが、当時にあっては、直面する問題に四つに取り組んでいたために、われわれは、事の重要性を十分認識するにいたらず、気にはかかりつつも、学会として定めた既定の道を進んでいったのであります。
 とくに昨年初頭、今日これだけの在家集団ができあがったことは画期的なことであるという視点から、また宗教のもつ現代的役割のうえから、在家の宗教的使命の側面を掘り下げて展開したのであります。しかし、そのことが、宗門、寺院、僧侶を軽視する方向へと進んでしまったことも事実であります。昨年来の宗門との問題は、こうした経緯(けいい)から起きたものと思うのであります。
 今、このことを総括するに、問題を起こした背景に、宗門の伝統、法義解釈、化儀等に対する配慮の欠如があったことを率直に認めなければなりません。ともかく、この意識のズレ、配慮の欠如がその後の対応のなかでもあらわれ、そのことが、問題をここまで発展させてしまったのであります。学会としては、その間、認識の距離をなんとか埋めようと御僧侶方とも話し合い、日達上人猊下のご指南も、たびたび賜って事態収拾のために努力してまいりました。
 その結果、私ども創価学会といたしまして、以下の二点を率直に認めるものであります。すなわち、第一に、学会のここ数年の指導、進み方、教学の展開のなかに、正宗の信徒団体としての基本がおろそかになっていたこと、第二に、昨年のような学会の行き方は行き過ぎがあったこと、以上の二点を私ども学会は、とくにわれわれ執行部は、深く反省するものであります。
 その認識に立ち、戦後再建の時から今日に至る、宗門と学会との三十年余りに及ぶ関係を顧みたうえで、創価学会は昭和二十七年の宗教法人設立時の三原則を遵守し、日蓮正宗の信徒団体としての性格を、いっそう明確にしてまいる方針であります。
 もとより私どもの宗門に対する赤誠の外護の念は、初代牧口会長以来の根本の生命線であり、学会の依って立つ基盤であります。しかし、この外護の在り方についても、あくまでこの根本路線をふまえ、御宗門ならびに寺院の運営の主体性を尊重していくものでなくてはなりません。すなわち、ともに主体性を尊重しあうお互いの信心のうえの理解と協力とが、これからの時代の基調であると思うのであります。
 さらに加えて申し上げれば、私どもは信徒として、寺院参詣の重要性を指導してまいります。寺院は、経文に当詣道場とあるごとく、信徒としての参詣の道場であります。
 それに対して、在家の私どもが異体同心で広布を目指す信心練磨( れんま) の場が会館であります。ゆえに、学会員はよき正宗の信徒とし、礼節をわきまえながら寺院に参詣していくとともに、よき会員として、広宣流布に挺身( ていしん) すべきでありましょう。
 どうか、御尊師方におかれましても、信徒が気持ちよく参詣できますよう、温かいご理解とご慈愛で包んでくださいますようお願い申し上げます。(昭和53年11月7日 創立48周年記念幹部会 大石寺 北条理事長)